着物の種類

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【概要】
丹後ちりめんは縦糸に撚りのない生糸横糸に1メートル当たり3000回にも及ぶ強いよりをかけた生糸を使い、交互に編みこんだ後精練していくことによって糸勝ち地味縦糸のよりが戻ることで生地の表面全体に細かな凹凸(シボと呼ばれる)ができた織物の事を指します。丹後はこのちりめんといわれる種類の織物の代表的な産地で、京都府の北部、日本海に面した丹後半島とその周辺の地区です。流水によって岩石海岸が侵食され砂が堆積することによってできた砂州、「天の橋立」をはじめ、「三人寄れば文殊の知恵」で有名な文殊智恩寺などなど歴史的名所の数々が四季折々の表情を見せる、とても文化的に豊かな土地です。

また高級織物の産地としてふさわしく、「羽衣伝説」が各地に伝わる地域でもあります。羽衣をまとった天女が空から舞い降り、ある男がその天女と恋に落ちるというロマンチックな伝説が代々伝えられてきたのはこの地が大和文化と出雲文化の交差点として栄え、独自の文化を育んできた証拠なのかもしれません。

【歴史】
丹後ちりめんの歴史は大変古く奈良時代にまで遡ります。今から約1200年ほど前、西暦739年に丹後で作られた絹織物が聖武天皇に謙譲されたという記述が現在でも残っています。その原型は京都の西陣で作られていた絹織物であるといわれ、江戸時代に丹後の織物職人の佐平治が西陣よりこのちりめんの技術を持ち帰り、その後この地域全体に丹後ちりめんが広がったといわれています。享保5年ごろ、西陣地方でこの新しい織物技術「ちりめん」が開発され、当時丹後で作られていた高級織物の絹紬や精好織は田舎絹と呼ばれ誰も相手にしなくなってしまいました。しかし西陣のちりめん技術は門外不出の秘密にされており、その核ともなる糸よりは密室の中でのみ行われていました。織手として住み込みで働いていた佐平治は糸よりが行われている小屋の鍵が開いているのを見つけ、こっそりとその技術を勉強し、惜しみもなく貧しい人々に教え、その技術は瞬く間に広がったといわれています。さらにこの地域は気候の条件が厳しく、雪交じりの雨の降る秋から冬にかけてとても寒く湿気が多く、このような条件が良質な水や適度な湿度を保ち、今日までその織物技術と丹後ちりめんを助長してきました。

丹後地域は日本最大の絹織物産地を誇り、和装用白生地織物としてはなんとの全体の約60%を生産しています。現在ではその技術を活かし、和服・洋服問わず、帯揚げや半そで、風呂敷やスカーフといった多岐にわたる丹後ちりめんグッズを展開しています。
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